vol.16 教育ってなんだろ?? |
教育について、巷にはいろんなことがあふれていますが
そんなにいろんなことが教育に必要なんでしょうか?
僕個人としては、親自身がモデルとなってかっこよく生きてあげれれば
子供はそれを自ずとまねてかっこいい人間になると思うのですが。
『こうなりなさい!!』という親は自分自身がそうなれてるのでしょうか?
なので、親自身がまずは格好よく生きて欲しいなと思います。
そしたら、子供も格好よく成長するんじゃないでしょうか(^^)
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本当にそうですね。親には親なりの「わが子には自分よりも幸せになってほしい、良い人生を送ってほしい」という願いもあって、結果、子供に「親なりの高い価値」を強いてしまうのでしょう。でも、親も子も、結局は自分の人生は自分でしか生きられない。財産を残してもらうよりも、人として立派な生き方を心に残してもらったほうが、きっと子供は幸せになれると思うのです。
シンさん、「かっこいい生き方」「かっこいい人間」の「かっこいい」って、どんな状況をイメージしたものなんですか?
子供は五感でいろんなことを体感しながら成長していきますね。親の価値観も基本的なあり方も、言葉にせずとも、感じ取ってしまうものです、良きにつけ悪しきにつけ。体感したことををどう消化し、自分に取り込むのか、或いは反面教師として学ぶのか。いずれにしても子供に「正しいモノサシ」を
教えることは大切ですね。それは親の生き方を通して教えることも大切ですし、子供に関心を持って接することで、折に触れ言葉にして教える、ということも大切だと思います。
子育てって、そんなに簡単ではないと思います。自分の背中を見せる、かっこよく生きる、(かっこいい、という意味は良くわかりませんが)そうやって伝えられることは、あんまりないような気がします。
子供と命がけで向き合っていくことで何が起こるかというと、子供の成長の過程を一つ一つ通過しながら自分が抱える課題を一つ一つクリアしていく実感をつかむことができる―――つまり自分が成長させてもらっているんではないのかな、と。
そもそも子供は生まれたときから親とは別の人格を持っています。親の思うとおりに子供が考えているとは限らないし、「生き様を見せる」ことで自分の思うように育ってくれると思うこと事態ものすごく楽観的というか、むしろ責任を放棄しているようにすら聞こえます。
人は言葉を持つ群れの生き物です。何が大切で何を大事にしたいのか、自分が信念を持っているのなら、それを子供に理解できる言葉で折にふれ語って聞かせることはもちろん必要ですし、それは子育て、躾の範疇ではないでしょうか。
「教育」というのは「群れ」、「社会」がその社会に適応できるように行なうものです。ですから国や地域によって「教育」の意味や内容は異なってくるはずです。私達は子供が幼稚園や学校へ行く時期になると、子供の教育を託す学校の信条、教育方針、環境などさまざまな面から検討して選びます。子供はいずれ親の価値観の世界から出て、自分の世界を作っていかなければならないのですから。
家庭の中で親が人としての生き方や考え方を教えるべき、という意見は、もちろん親がその社会の中でうまく適応できている場合に限り当然かもしまれせん。でも今は価値観も非常に多様化していますし、親子がお互いを理解できない位に顔を合わせる時間が少ない家庭も珍しくないのではないでしょうか。
一番近くの大人が親ですよね。この人間の影響を受けないはずはない。
うちの子は私や妻の興味に沿って自らの興味の芽を伸ばしているようです。
私たちが行動で示すことで子供に教えられることって、確実にありますね。
???→じいさん
>「親なりの高い価値」を強いてしまうのでしょう。
自分が親になったとしてもこれをしない自信はないですね(^^;
子供を信じて好きなことをやらせるのって
あーだこーだというのよりも精神力がいりそうですよね。
>立派な生き方を心に残してもらったほうが、きっと子供は幸せになれると思うのです。
同じくですね。有名な話ですが
猟師は魚を残すのではなく、魚の捕り方を教えるというのと
一緒ですよね(^^)
◇◆pepenさんへ◆◇
僕の中での『かっこいい』は
仕事だけでなく、人生のトータルでバランスよく
充実している方ですね。
総合点がたかいというイメージでしょうか?
ですが、このかっこいいというのは
各自違うと想うんですけどね。
◇◆kyotohimeさんへ◆◇
子供って言葉よりも全体的な雰囲気から
学び取っているような気がするのは気のせいでしょうか?
僕は結構、親がいっていた言葉よりも親の雰囲気とかから
学んでいた記憶があるので記事ではあのように書いたのですが(^^)
とはいえ、親がきちんと自分で体験し、噛み砕いたことならば
子供に言葉で伝えることも大切ですよね。
◇◆らなでこーるさんへ◆◇
>子育てって、そんなに簡単ではないと思います。
>自分の背中を見せる、かっこよく生きる、(かっこいい、という意味は良くわかりませんが)
>そうやって伝えられることは、あんまりないような気がします。
僕の場合はまだ子供もおりませんので、
なるほどーと想うしかないのですが、言葉だけでなく
親のかもし出している全てから子供ってそれをコピーしませんか?
言葉に限らず、仕草だったり、表情だったり、声質だったり。
それは親の無意識の領域もあるとおもうので全てを意識して
伝達するのは不可能だと個人的には想うのです。
だから、まずは親も自分なりにかっこいい生き方(この表現はあいまいでは申し訳ありませんが個人的にはありのままで生きているというニュアンスで使わせてもらっています。僕の中でのかっこいいがそうなので。)を極めようと生きて、その経験を子供に言葉で伝えるのがいいように感じています。
僕がここで言いたかったのは自分ができてないことを子供に言うっても伝わらないんじゃないの?ってことです。
>、「生き様を見せる」ことで自分の思うように育ってくれると思うこと事態ものすごく楽観的というか、
>むしろ責任を放棄しているようにすら聞こえます。
なるほど。
確かにそう捉えることもできますね。生き様を見せるだけではたしかに
足りないかもしれませんね。
>子供と命がけで向き合っていくことで何が起こるかというと、
>子供の成長の過程を一つ一つ通過しながら自分が抱える課題を
>一つ一つクリアしていく実感をつかむことができる―――
>つまり自分が成長させてもらっているんではないのかな、と。
子供と親は同じ年齢と聞いたことがあります。
ゼロ歳の子供とゼロ歳の親。
一緒に成長するってことが大事ということでしょうか?
>人は言葉を持つ群れの生き物です。何が大切で何を大事にしたいのか、
>自分が信念を持っているのなら、それを子供に理解できる言葉で
>折にふれ語って聞かせることはもちろん必要ですし、
>それは子育て、躾の範疇ではないでしょうか。
これって言葉で表現しきれるものなのでしょうか?(^^;
まだ、自分は出来ないので創造ができないのですが。
でも、それができる親にめぐりあえた子供は幸せ者ですね。
>「教育」というのは「群れ」、「社会」がその社会に適応できるように
>行なうものです。ですから国や地域によって「教育」の意味や内容は
>異なってくるはずです。私達は子供が幼稚園や学校へ行く時期になると、
>子供の教育を託す学校の信条、教育方針、環境などさまざまな面から
>検討して選びます。子供はいずれ親の価値観の世界から出て、
>自分の世界を作っていかなければならないのですから。
なるほど。教育はたしかに躾という側面もあるんですよね。
すっかり抜け落ちていました。
リアルに体験しているかいないかだと教育の持つ意味の深さが
違いますね。
>家庭の中で親が人としての生き方や考え方を教えるべき、という意見は、
>もちろん親がその社会の中でうまく適応できている場合に限り
>当然かもしまれせん。でも今は価値観も非常に多様化していますし、
>親子がお互いを理解できない位に顔を合わせる時間が少ない家庭も
>珍しくないのではないでしょうか。
現実問題、そういった家庭は多いのかもしれませんね。
>仕事だけでなく、人生のトータルでバランスよく充実している方ですね。
>総合点がたかいというイメージでしょうか?
シンさんにとっては、仕事もプライベートも充実している人=かっこいい、
ということなんですね。
#「総合点」という言い方はいただけない(人に点数つけるな、って感じ)
>ですが、このかっこいいというのは各自違うと想うんですけどね
だから、シンさんの「かっこいい」って何って聞いたわけでー
それを言ったら終わりじゃん
◇◆しげさんへ
>一番近くの大人が親ですよね。この人間の影響を受けないはずはない。
>うちの子は私や妻の興味に沿って自らの興味の芽を伸ばしているようです。
それはそうですよね(^^)
ベースは親の影響が強いと想いますが
それもきっと縁なのかなぁと個人的には想います。
>私たちが行動で示すことで子供に教えられることって、確実にありますね。
昔はみんなそうやって伝えてきたんでしょうね。
お子さんに伝えたいことがあるときに意識していることとかは
あるんでしょうか?すごく興味がありますね。
◇◆penpenさんへ◆◇
>シンさんにとっては、仕事もプライベートも充実している人=かっこいい、ということなんですね。
たぶん、そうなんだと想いますね。
まだ、あいまいな点もありますが。
あとは、自分の人生を自分の舵で生きれている人もかっこいいなと
感じます。
>#「総合点」という言い方はいただけない(人に点数つけるな、って感じ)
ごもっともですね。
気をつけます。この場合は『総合的』のほうが
表現としては良かったでしょうか?
>だから、シンさんの「かっこいい」って何って聞いたわけでー
それを言ったら終わりじゃん
一応、あくまで僕の価値観ってことは
断っておかないとなと想ったもので。
私は感覚的に鈍かったのかもしれませんが、親の姿・態度よりも親の言葉の方が印象に残っています。らなでこーるさんが書かれている「自分が信念を持っているのなら、それを子供に理解できる言葉で折にふれ語って聞かせる」は、可能だと感じます。親が、子供の目線に立って真剣に語りかければ、子供も真剣に聴いてしまうものなのでは?
PS
シンさん、最初にブログに「自分が考えるかっこいい人は云々」と記載してもよかったのではないでしょうか?「かっこいい」は曖昧かつ受け取り方に個人差がある単語です。”いろんな人が見てる”ことを意識して、最初にシンさんが思う「かっこいい」について書いておけば、読み手も理解しやすかったのではないかと思います。おせっかい失礼しました・・・
◇◆あさんへ◆◇
人って聴覚・視覚・触覚の3タイプに分かれるという話を聞いたことがあります。
それによると僕は視覚タイプだったので映像として記憶しているのが
強いのかもしれませんね。
子供も一様ではないでしょうし、
やって見せて、やって聞かせて、やってこどもにもやらせる。
もしかしたら全部やる必要があるのかもしれませんね。
ちなみに姿を強調をしてはいますが言葉も勿論、有効だと
想いますし、自分も親から聞いた印象的な言葉はありますよ。
>最初にブログに「自分が考えるかっこいい人は云々」と記載してもよかったのではないでしょうか?「
その通りですね。
今後はもう少し具体的に自分の意見も書いていこうと想いました。