vol.17 『やらなくちゃいけないこと』と『やりたいこと』


社会人になってから、次第に『やりたいこと』だけをやる人生にシフトしようと

ずーーっと動いてきたわけですが。

これ、弊害もありますね。

自制心が弱くなるし、『やりたいこと』がちょっと色あせるのです。

もしかしたら自分だけなのかもしれませんが、

『やりたくないこと』もやるからこそ『やりたいこと』もまた色を帯びるのではないでしょうか??

そのバランスは各個人によって違うでしょうが

極端に『やりたいこと』だけにシフトするのも場合によっては危険だなぁとも想ったり。

皆様はどう考えますか??

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コメント

シン、難しい問題ですね。「好きこそものの上手なれ」という言葉がありますが「好きでないこと」の中にも、あなたを成長させ、磨いてくれるものも、また、あるように思います。

好きなことだけをやれる人生を生きる人。
好きでないことにもチャレンジせねばならない人生を生きる人。
人それぞれ、いろんな人生を生きているのだと思います。

こう考えてはいかがでしょうか、
「好きなことだけやれる時期→順境」
「好きでないことにも挑む時期→逆境」
人生には順境、逆境、両方ありますが、あなたが「希望」と「自信」を失わず、どちらの時期にも「学ぶことを忘れない」人であれば、それで良いのだと思います。

どんな小さな事柄の中にも「学び」を忘れない大人になって下さい。

順境に奢らず、逆境に負けない人は、本当の意味での「かっこいい大人」だと私は思うのです。

じい|2006年12月06日

シンさん、はじめまして。
ちょうど最近、仕事で「やりたいこと」ばかりをやっていて、「苦」ではないのですが、なぜか「悲しさ」を感じてしまいました。

自制心が弱くなるし、『やりたいこと』がちょっと色あせるのです。

似た感情を発見して、思わずコメントをしてしまいました。
この「悲しさ」と共感をきっかけにまた一歩進めます。

masami|2006年12月06日

私は幼少時に「好きなことを仕事にして『やりたいこと』をやれる、そんな大人はほとんどいない」と周りに言われていたせいか『やりたくないこと』に対して余り抵抗が無かったのです。で、いざ、社会人になってみると『やりたいこと』をするためには、それ以上の『やりたくないこと』をこなす必要が生じる場面によく直面してしまったのです。そこで『やりたくないこと』は『やりたいこと』に到達するまでのハードルだ、と私は考えるようにしています(この辺は、仕事や組織によって異なるかと思いますが・・・)。ですから、ハードル(やりたくないこと)を越えてのゴール(やりたいこと)なので、ゴール(やりたいこと)がより際立つ(充実感とか達成感?)という思いはありますね。色あせる/色を帯びる、という表現に対しては、個人的に目新しいと感じましたし、シンさんやmasamiさんの思いとは違うかもしれませんが、こういう考えもあるということで・・・

Mika|2006年12月07日

◇◆じぃさん◆◇

>好きでないこと」の中にも、あなたを成長させ、
>磨いてくれるものも、また、あるように思います。

とってもそのとおりだと想います。
好きなこと一辺倒だとなんかバランスが悪い成長の仕方を
してしまいそうな気がするんですよね。独りよがりというか。
最近、たまに不安になりますね。


>「好きなことだけやれる時期→順境」
>「好きでないことにも挑む時期→逆境」
>人生には順境、逆境、両方ありますが、
>あなたが「希望」と「自信」を失わず、
>どちらの時期にも「学ぶことを忘れない」人
>であれば、それで良いのだと思います。

どちらの時期には学べるってのは大事ですね。
各々の時期は別の科目を勉強してるようなものなんでしょうか。
知り合いで人生に嫌いなことをやっている時間はない!と
言われる方もいるのですが、
最近は苦手なこと、嫌いなこともやりたいなと想うのです。
何気にそういうものが出来るようになったときのほうが
充実感あったり、自信になったりするんですよね。
好きなこと、楽しいことをやるのは当たり前で
その上で自らの意思で嫌いなこと、苦手なことにも
チャレンジしていければいいのかなと読んでいて想いました。
ただ、受身の状態で嫌いなことをやるのだけはイヤですね(^^;
どーせ やるなら嫌いなことも積極的に挑んでいく感じでやりたいです。

シン|2006年12月07日

◇◆masamiさん◆◇

初めまして(^^)
書き込みありがとうございます。すごくうれしいです!

>ちょうど最近、仕事で「やりたいこと」ばかりをやっていて、
>「苦」ではないのですが、なぜか「悲しさ」を感じてしまいました。

すごくよく分かりますね。
僕の場合は悲しさというか『虚無感』におそわれることも。
それに襲われると、これは自分が本当にやりたいことだったのかな?
って考えちゃったりもします。

>似た感情を発見して、思わずコメントをしてしまいました。
>この「悲しさ」と共感をきっかけにまた一歩進めます。

自分だけじゃなかったんだという感情は
なんか安心をもたらしますよね。
僕も次に進めそうです。

シン|2006年12月07日

◇◆mikaさん◆◇

>私は幼少時に「好きなことを仕事にして『やりたいこと』をやれる、
>そんな大人はほとんどいない」と周りに言われていたせいか
>『やりたくないこと』に対して余り抵抗が無かったのです。

僕もそうだったのですが、逆に反発してンなことあるかよ!
って想ってましたね(^^;
好きじゃないことをやるのに抵抗があるわけではないのですが
好きなことをやって生きる人生モデルを創るというチャレンジを
したいなと想っているところです。

>で、いざ、社会人になってみると『やりたいこと』をするためには、
>それ以上の『やりたくないこと』をこなす必要が生じる場面に
>よく直面してしまったのです。
>そこで『やりたくないこと』は『やりたいこと』に
>到達するまでのハードルだ、と私は考えるようにしています。

必要悪みたいなものでしょうか??
個人的には1つのことを為すときに
それに含まれる含有量が『やりたくないこと』<『やりたいこと』
ならばやりたくないこともまた意味を帯びると感じるのですが
mikaさんの場合はどうでしょうか??
逆に『やりたくないこと』>『やりたいこと』
な場合はあまりかかわらないようにしてますね。

>ですから、ハードル(やりたくないこと)を越えての
>ゴール(やりたいこと)なので、ゴール(やりたいこと)が
>より際立つ(充実感とか達成感?)という思いはありますね。

これはmasamiさんへの返信でも書きましたが
苦手なものを克服したときのほうが
より充実感が大きいというのとたぶん一緒のことですよね?

シン|2006年12月07日

シンさん、こんにちは

>必要悪みたいなものでしょうか??

必要”悪”とは考えていませんね

>個人的には1つのことを為すときに
>それに含まれる含有量が『やりたくないこと』<『やりたいこと』
>ならばやりたくないこともまた意味を帯びると感じるのですが
>mikaさんの場合はどうでしょうか??
>逆に『やりたくないこと』>『やりたいこと』
>な場合はあまりかかわらないようにしてますね。

私はいずれの不等号の場合でも”意味を帯びる”と思っていますよ。『やりたくないこと』の中に『やりたいこと』のヒントを見つけることもありますし、結果的に将来に役立ったりしています。何より『やりたくないこと』をこなすことで『自信』が得られるのですよ。『やりたくないこと』を切り捨てるのは、機会損失ではないでしょうか?

そもそも会社勤めだと(仕事の内容・状況によるでしょうが)”『やりたくないこと』>『やりたいこと』な場合はあまりかかわらないように”できるというのは、まずあり得ないんですよね(笑)。

人生についても同じように考えることがあります。『やりたいことをやる』ための道が目の前に広がっているのですが、その時々に障害物として『やりたくないこと』があるわけです。それを超えていくうちに、一歩一歩、人生の目標に近づく、という感じですかね(えらいこと長期戦ですが、焦らずじっくりいけばいいじゃないかと・・・(^^;))。

>これはmasamiさんへの返信でも書きましたが
>苦手なものを克服したときのほうが
>より充実感が大きいというのとたぶん一緒のことですよね?

はい、そうです
# じぃさんへの返信の間違い?

Mika|2006年12月07日

◇◆mikaさん◆◇

>何より『やりたくないこと』をこなすことで
>『自信』が得られるのですよ。
>『やりたくないこと』を切り捨てるのは、
>機会損失ではないでしょうか?

それは本当にそう想いますね。

>そもそも会社勤めだと(仕事の内容・状況によるでしょうが)”
>『やりたくないこと』>『やりたいこと』な場合はあまり
>かかわらないように”できるというのは、
>まずあり得ないんですよね(笑)。

そりゃあそうですね(^^;
その場合はやりたくないことにいかに意味づけをしていくかという
スキルが大事になってくるんでしょうか??

>『やりたいことをやる』ための道が目の前に広がっているのですが、
>その時々に障害物として『やりたくないこと』があるわけです。
>それを超えていくうちに、一歩一歩、人生の目標に近づく

この考え方、素敵ですね♪
ぜひ、取り入れさせて頂きます!

シン|2006年12月07日

シンさん、こんにちは

>その場合はやりたくないことにいかに意味づけをしていくかという
>スキルが大事になってくるんでしょうか??

いえ・・・誰でも『やりたくないこと』は、どんな意味づけをしたとしても、所詮『やりたくないこと』なのではないでしょうか?(私も正直面倒です)

これはスキルとは言えませんが・・・『やりたくないこと』『やらなくちゃいけないこと』と考えると、何やら圧迫感があって気分的にいいものではないですよね(笑)。私は『やりたくないこと』『やらなくちゃいけないこと』ではなくて『やりたいことのためにやっている一つのこと』と置き換えて考えるようにしています。そうすると、本来の『やりたいこと』に早く手をつけたいから、いわゆる『やりたくないこと』『やらなくちゃいけないこと』が妙に効率よく進んでいくんですよ。例えは悪いかもしれませんが、馬の目の前に人参ぶら下げた状態に近いですね(笑)

シンさんのお知り合いの『人生に嫌いなことをやっている時間はない!』と
言われている方も、もしかしたら『嫌いなこと』と考えず『好きなことのためにやっている一つのこと』と置き換えて様々なことに取り組まれているのかも?

先に「『やりたくないこと』をこなすことで『自信』が得られる」と書きましたが、この『自信』は『何が来てもこなせる』という自信なのかもしれませんね。(そんな気がしているだけ・・?(^^;))

Mika|2006年12月07日

◇◆mikaさん◆◇

>私は『やりたくないこと』『やらなくちゃいけないこと』ではなくて
>『やりたいことのためにやっている一つのこと』と
>置き換えて考えるようにしています。

なるほど!!言われてみると自分もそうやっていたような気がします。
なんか腑に落ちました(^^)

>「『やりたくないこと』をこなすことで『自信』が得られる」と
>書きましたが、この『自信』は『何が来てもこなせる』という
>自信なのかもしれませんね。

何がきてもこなせるって自信は最高じゃないですか!?
僕もそうなるようがんばってみます(^^)

やっぱり、イヤなこと、ツライことも捨てたもんじゃねーなーと
すごく想いました♪さすが!!

シン|2006年12月07日