vol.20 やっかいなこと |
やっかいなことに、
幸せの中にいると幸せの感度がにぶるんだよなぁ。
幸せじゃなくなると幸せの感度がたかまり、ちっちゃい幸せでも
感じられるようになるけどそのときの環境は幸せではないと、、。
うーむ。
日本人は全体的にまさに幸せ浸りしすぎで
幸せアンテナ鈍ってるんじゃないかなと
想います。
もちろん、自分も含め。
はてさて、どーしたものか。
オススメは発展途上国にいくこと!とトモダチは言うておりましたが。
なんか良い施策をお持ちの方、居ますか??
→とってぃ
やっかいな問題っすね。
幸せも色んな尺度があるし、一概には言い切れないなぁ・・・。
この面ではめっちゃ幸せだけど、この点では不幸せ・・・みたいな。
→はる
やりたい事してたり100の幸せの中にいるのに
もっともっと
って欲張りに過ごしてる気がする
わがままなんですょはる。。
→しゅー
気持ちの問題よん♪
幸せって思えばなんでも幸せに思えてくる☆
小さいときって、10円のうまい棒買ってもらっただけでもうれしかったじゃん^^ 心から嬉しいとか楽しいとか前面に出して、自分を押し殺さずに『生きる』ってことが大事なんじゃないかな?
でも、現実は、上司にペコペコしてたり自分の思うように行かないんだよなぁ(??;
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幸せの基準なんて人それぞれで
幸せ浸り、っていう状態が分からないけど
なーんか、ひとくくりで論じられてもなぁ
それはさておいて
「幸せの中にいると幸せの感度がにぶる」というのは
裏返すと、自分の中にある種の驕りがあるから、じゃないかな?
「こーんなに幸せな私は、これっぽっちじゃ幸せ感じない!
だから不幸な環境に行ってみよう!
そうすれば、ちっぽけなことでも幸せと感じられるかも」
とか(推測で話しているんで、違ったら申し訳ない)
奢らず、焦らず・・・
どんな環境・状態にいても、些細なことに幸せを感じられる自分でいる
を目指してみるっていうのはどう?
これ、自分を押し殺さずに生きる、よりも難しいと思うけどね
(自分はできていないけど・・・・)
◇◆penpenさん◆◇
>「こーんなに幸せな私は、これっぽっちじゃ幸せ感じない!
>だから不幸な環境に行ってみよう!
>そうすれば、ちっぽけなことでも幸せと感じられるかも」
>「こーんなに幸せな私は、これっぽっちじゃ幸せ感じない!
>だから不幸な環境に行ってみよう!
>そうすれば、ちっぽけなことでも幸せと感じられるかも」
ここまで、はっきりと幸せ!!といえるのならば
その人は幸せなんじゃないですか?(笑)
幸せだけど、もっと小さい幸せもみつけてしんぜよう!!って
感覚だとしたらそれは驕りといえるのかもしれませんね。
ここでいいたいのはそちらではなくて
まさにpenpenさんがおっしゃっている
>どんな環境・状態にいても、些細なことに幸せを感じられる
この感度の方です。
これって、ある程度の余裕がないと
なかなか難しいですよね(^^;