Vol.46:最後の贈り物 |
『全てのことには時があり理由がある』
この言葉を耳にしたのは、solmicが高校生の時でした。
solmicは、カトリック系の学校に通っており、そこでは週1回「宗教」の時間があったのです(これは、カトリック系の学校では普通なのだろうか?)。
「宗教」の時間というのは、シスターによる聖書の朗読と解説が中心で、代々浄土真宗の家に育ったsolmicにとって、妙に目新しいと同時に、小難しい聖書の言葉に「はぁ?何だこりゃー?」という印象が強く、淡々と進むシスターの解説を子守唄に授業中はほとんど爆睡しており、今となっては、この授業で何をやったのか・・・全くもって記憶にありません(^^;)。
何かの折に1回だけ、異様にハイテンションな神父様が講義のため来校されたことがありました。ハイテンションな神父様の講義であったがため、さすがに(?)solmicも眠ることができず、その授業にて『全てのことには時(タイミング)があり理由がある』という言葉を初めて聞いたのです。
当時は、全くピンときませんでした。
「そんな、偶然の産物にまで理由を付けられてたまるかい!」という気持ちの方が強かったと思います。
この言葉を思い出したのは、社会人になって間もない頃でした。新人研修のプログラミング課題でヒィヒィ言っていた時に「こんなプログラミング課題にも時と理由があんのかよぉー?」と、突発的に思い出した訳です。
ところが、その後も、仕事で壁にぶつかるたび、転職を決める時、等々・・・何かの節目に、必ずこの言葉を思い返すことになりました。
年を経ると面白いもので、言葉一つに対しても見方が変わってきます。
今現在、solmicは『全てのことには時があり理由がある』という言葉には『時には初心にかえれ』という意味が含まれているのだと思っています。
うまくいかない時には、初心にかえってやり直せばいい。そう、何事も次のStepにいくための準備の時として存在しているのだ、とまぁ、こんな風に理解しているわけです。(数年後には変わっている可能性もありますが)
Happy Placeのブログの話を頂いた時も、仕事との兼ね合いもあり、「さぁ、どうすんのー?どうすんの?俺?」的に少々悩みましたが、結果、引き受けて何とか最後まで書き続けることができました。
筆不精なsolmicとしては画期的でしたし、また、これまでの自分の経験を振り返り、整理する機会を週2回もつことができました。ブログを書きながら、過去の失敗経験を改めて見直すと同時に、当時の自分の考え方を思い返したり、それをベースに次の仕事へのアイディアを考えたりすることもありました。
solmicは、このブログを書くことで、初心にかえり、次のStepにいくための機会を半年間頂いたのだ、と思っています。
これまで、読んで頂いた皆様、影で支えてくれた他のブロガーの皆様に、solmicから『全てのことには時があり理由がある』という言葉を、最後の贈り物にさせて頂きます。
悩んだ時、悔しい時、苦しい時、難しい局面にある時、人生の岐路に立った時・・・人によってこの言葉のもつ意味は変わってくるでしょうが、何がしかの希望を与えてくれるのではないかと思っています。
・・・心より感謝をこめて・・・皆様、半年間、ありがとうございました。
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続ける事は思った以上にたいへんでしたね。時こそは全ての人に平等ですよね、成功した多くの人は時を乗り越え、時が来るのを辛抱して待ち、時の運をうまくつかんでおられるみたいですね。そこで初めて理由があった事に成るようです。「元はこちら」のようです。ありがとうございましたお疲れ様でした
恣聞さん、こんばんは
これまで、様々な視点からコメント頂き感謝しています
今後、私自身更にブラッシュアップできるよう頑張りたいと思います
ありがとうございました
前髪をつかむ意気込みがあれば、時もやってきそうですね!
そらさん、こんばんは
前髪をつかむ意気込み、いいですね(^^)
solmicもそれ位の意気込みで頑張ります!