あなたの人生を輝かせるコミュニケーションの力
相手の立場にたつということ

4.それに応える

前のセクションでみたように“相手を知る”プロセスで、食事の好みや、ワインの好みをきいてくれました。

次に、それに応えていきます。

“それでは、今日は、〇〇のご用意ができますので、そちらですと、お客さまのおっしゃる△△にぴったりです。”“それでしたら、この〇〇が、きっとお気に召していただけると思います。なぜならば、△△だからです。”というように。

さて、ここで“相手の立場にたつ”ポイントは二つあります。

まず、最初のポイントは、前のプロセスで“相手が言ったこと”、これを無視しないことです。というと不思議に思う方がいらっしゃるかもしれませんが、実際は、かなり細かくこちらの希望や気持ち、考えを話しても、それがどこへいってしまったのだろう、と訝しく感じるほど、それとはつながりのない形で自分の話したいことを話し出す方がとても多いのです。

皆さんも、どこかの会社の営業担当者の訪問を受けて、忙しい時間を割いてこちらの現状や希望をお話ししたのに、いざ提案を受ける時になったらお話ししたことはどこかへ消えてしまい、その商品がいかに素晴らしいか、という話を延々と聞かされたことが、きっと少なからずあるはずです。そんなカタログのような提案書なら、わざわざ作ってくれなくても結構、こんなことなら1時間もかけてこちらの話をするのではなかった、と後悔したことが、私も何度となくあります。そんな提案を聞かされている側の心理といったら、その素晴らしいらしい商品は、いったい自分にはどんな風に役立つのだろうか、と推測してくれればいい方で、こんなことになるなら付き合うんじゃなかった、とか、早く終わってほしい、と感じることが多いのではないでしょうか。

話の始まりは、あくまでも、相手が話してくれた内容の復唱、的確な確認であってほしいものです。

次に、二つ目のポイントは、自分の話したいことを、相手が話してくれた内容にあわせて組み立て、順序だてて、論理的に展開することです。

それでは、この2つのポイントを、どのように表現していくかを具体的に考えてみましょう。

私は、仕事柄、セミナーや講演で2,3泊する出張が多いのですが、その時、気になるのがスーツのしわです。人前で話をするので、しわになったものを着ることは避けたいのですが、バッグの中は資料や本などが多く、その中にスーツも一緒に入れるので、どうしてもしわがつきやすいのです。アイロンを借りたり、バスタブにお湯をはってその蒸気でしわを伸ばしたり、いろいろと気を使うところです。また、日本の多くの会社の場合、濃紺か濃いグレーの最もオーソドックスなビジネス・スーツが好まれるので、今風のものやあまり個性的なものは、着る機会が少ないのです。

つまり、私がスーツを選ぶ基準は、ひたすら、しわになりにくく、目立たないもの、ということになります。

先日、こんなことがありました。夏物のグレーのペンシル・ストライプのスーツを見ていた時のことです。店員さんは、あらかじめ会話をするなかで、私の希望をきちんと把握して下さっていました。“このスーツは、まさにお客さまにぴったりですよ。”と言って、彼は、次のように続けました。

“コットンですので、通気性がよくむれにくいので、夏も爽やかに過ごしていただけます。それに、ジャケットの丈が短めなので、脚が長く見えます。また、このストライプは一見普通に見えますが、実はこれは今年の新作で、幅が〇〇センチになっています。”

これを聞いている時の私の気持ちはどのようだったと思いますか?

“コットン?それでは、ウールに比べてしわになりやすいのではないかしら?”

“ジャケットの丈が短めで脚が長く見ても、仕事には関係ないし…”

“ストライプの幅が斬新だそうだけれど、お客さまのところで違和感がないかしら?不安だわ。”

これでは、まったくどこが私にぴったりなのかしら…と、諦めかけたのですが、気を取り直して彼に尋ねてみました。

“コットンでは、しわになるでしょう?しわは一番困るって最初に言ったでしょう?”

“はい、コットンなのですが、〇〇が混紡されているので、大変しわになりにくくなっています。”

“ストライプの幅、派手ではないかしら?”

“ここは、ライトが特殊でストライプがはっきり見えますが、通常の光の中では、ほとんど無地に見えますから、大丈夫です。”

結局、私はそのスーツを買い、実際よく着ることになりました。

まさに私にぴったりだったからです。

では、なぜ彼は、初めから、私に合わせた説明をしなかったのでしょうか?おそらく、彼は自分の扱う商品の特徴について、社内で指示を受けていたのでしょう。それを、そのまま話したのです。まさに、カタログ通りの、誰に対してでも同じようにする説明です。仕事熱心な彼は、この商品の素晴らしさをひとことも漏らしてはいけない、と真剣だったのかもしれません。でも、私の聞きたいことは、2つでした。であれば、まず、それに対してきちんと説明をし、そのあと、さらに付け加えていただければよかったのです。あるいは、ストライプの幅の件など、私にとってはむしろ不安材料になるので、とくに“自慢げに”語らない方がよかったかもしれないくらいです。

彼がこんな風に説明したら、どうでしょうか?

“お客さまのご希望は、まずしわになりにくい、という点ですね。それでしたら、こちらの素材は、コットンに〇〇が△%混紡された新素材です。ですから、コットンの通気性はそのままに、しわをかなり防ぎ、ウール以上にしわができません。従いまして、お客さまのように、長時間の移動や出張の多い方には、特におすすめできます。”
“また、濃紺か濃いグレーの、最もオーソドックスなビジネス・スーツがご希望ですね。このスーツの地は、大変落ち着いたチャコール・グレーで、ストライプも通常の光のもとでは目立たず、遠目には無地に見えます。ですから安心してご着用いただけます。”

そして、さらに…。

“お客さまは、きっと同じようなスーツをすでにお持ちではないかと存じますが、実は、このストライプは今年の新作で、遠目には目立たないのですが、よく見ると、今までにない斬新なものになっています。こんなところも、ご満足いただけるところではないかと思います。”

こちらの話した希望に合わせて話を構成し、それについてひとつづつ順番に説明しています。そして、それぞれの説明の中でも、自分の話したいことを、こちらの話した内容にあわせて組み立て、順序だてて、納得しやすいように表現しています。

さきほどの客室乗務員のケースでも同じことが言えます。このように話を進めていただけると、同じ機内食でも、“たった数種類しかない中から仕方なく選んだ”という印象ではなく、“今日は、食べたいと思っていたものを手にすることができた”という気持ちになりませんか?ここが、まさにヒューマンスキルの価値だと思うのです。

客室乗務員の話の進め方がどちらであっても、手にする食事やワインは、きっと同じものでしょう。では、どこがちがうのでしょう?ほんの一呼吸“相手を知る”プロセスを踏むだけで、同じ食事が、仕方なく選んだものではなく、自分に合ったもの、ふさわしいもの、ぴったりのものなんだ、という「納得感」「満足感」が生じる点が違います。

「納得感」「満足感」というのは、感情です。同じ機内食を食べ、同じスーツを選ぶ場合でも、そこに“自分にぴったりだ!”“ああ、よかった!”という感情があるのとないのとでは大きな違いですね。しかも、サービスを提供する側にコストはかかりません。仕事であれば、これがお客さまをもう一度ここへ連れてきてくれることになりますし、プライベートなら、いいお付き合いに発展しいていくことでしょう。こういうコミュニケーションができると、相手はとても嬉しいし、また自分もとても嬉しいものではありませんか?

「納得感」というのは、あらかじめ基準となるものがあって、それに対して提供されるものがぴったりと重なる時に生じる感情です。ですから、相手が何を求めているのかをはっきりさせてからでないと、どんなにいい説明をしても生じてきません。そのために、このようなプロセスを踏むことが効果的なのです。
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