あなたの人生を輝かせるコミュニケーションの力
相手の立場にたつということ

5.合意する

さて、今までのところを振り返ってみましょう。人と生産的なコミュニケーションを行うには、4つのプロセスをふむと効果的だということを、具体例を交えながら見てまいりました。

 @話のできる関係を作る
 A相手を知る
 Bそれに応える
 C合意する

この、4つのうち3つまでお話ししたところです。打ち解けた関係ができて、こちらの気持ちや希望も聞いてくれました。そしてそれに対して、的確な説明や申し出をしてくれたところです。もしそれが、こちらにとって同意、合意できないような内容であれば、それはこれから交渉をしていくことになります。その場合については、W「納得してもらうということ」で扱います。

それ以外の場合、つまり、的確な説明、申し出まで問題なくなされた場合に、ここでコミュニケーションは完結しそうなものですが、ときにまだプロセスが必要なことがあります。この"合意する"では、そんな場合にどうしたら効果的か、ということをお話ししたいと思います。

結婚を例に考えてみましょう。

男性が女性に結婚を申し込む(逆でももちろんいいのですよ…)
というのは、あきらかに、“日常のコミュニケーションのうち、目的があって行われるもの”ですね。結婚というゴールに向けてのコミュニケーションが、どのくらいの時間をかけて行われてきたかそれぞれ異なりますが、打ち解けて話のできる関係になってからここまでは、そう一筋縄ではなかったことでしょう。相手が結婚に何を求めているのか、一緒に暮らす上で何を大切に考えているのか、時間をかけてよく聴いた上で、自分にはこんなことができる、自分ならこうしてあげよう、とプレゼンテーションしてきたことだと思います。そして、ある時点で、“結婚しよう”という意志を、言葉で、あるいは、リングを渡すことで、あるいは、まったく別の方法で伝え、それに対して合意を取り付けて初めて結婚が成立するわけです。 昨日、今日に知り合った仲ではありませんから、“結婚”の意思表示を明確にしない間にも、結婚相手としてふさわしいかどうか折に触れて判断し、おおむねOKだからこそ、お付き合いが続いてきたのです。

ところが、実際に“結婚”という二文字が出てくると、ふと躊躇してしまう方がいらっしゃいます。今までそのつもりでお付き合いしてきたはずなのに、今決めなければならないということになると、決断をもう少し先延ばしにしたい、今すぐには決められないから時間が欲しい、もう少し考えたい(もう、これ以上考えることもないのですが)という気持ちになった、とおっしゃる方が意外にいらっしゃるのです(むしろ、男性に!)。

こんな時、そう言われたあなたはどう感じますか?“えっ?今さら何だってそんなためらうんだ!” “そのつもりで今まで付き合ってきたのでしょう?何を今さら。”などと、軽い驚きや、動揺、焦り、怒り、戸惑いを感じるかもしれませんね。その気持ちのままを表現すると、相手はどうするでしょう?人間関係は、どちらかが押せば、相手は引くようにできています。こんな時、へたにプッシュすれば、彼女(彼)は、結婚に合意しないどころか、あなたの前から永遠にいなくなってしまうかもしれません。

さあ、どうしましょう?あなたが、ためらうほうの立場だったら、相手にどうしてほしいですか?

結婚でも、家を買うなどの大きな買い物でも、大きな決断をする場合には、十分に時間をかけて検討してきたところで、やはり直前になると、本当にこれでいいのかという不安が生じ、もう迷う余地はないのにそれでも迷ってしまい、決断を先延ばしにしたくなるということが広く観察されます。結婚はしたいし、相手はその人しかあり得ないことはわかっているのだけれど、今結婚を決めたら、両親への報告と紹介、結納、結婚式や披露宴、新婚旅行に新居探し、親戚への挨拶、職場の仲間への紹介、ああ、近い将来子供もできるだろうし、本当に大丈夫かなぁ、と、不安や恐怖が襲ってくるのです。結婚しなければ直面しなくていいやっかいな大仕事が、結婚を決めると、もれなく、すぐに、次々とついてくるのです。

こんな状態の相手の立場にたってみれば、今ここで追い討ちをかけるように、“えっ、なぜ?今さら何を!”などと言われたら、ますますしり込みしたくなる気持ちは、理解できますね。

こんな時、めざす結果を得ようとしたら、こちらの驚き、動揺、焦り、怒り、戸惑いはさておいて、相手の不安な気持ちに寄り添い、それを軽減するためのあれこれをしてみることが効果的です。

まず、自分の動揺や焦りですが、これをさておくためには、“およそ人が大きな決断をする時には、躊躇し、迷い、決断を先延ばしにしようとするのは当然で、よくあることだ。”という認識が役に立ちます。相手の躊躇は、あなたに責任があるのではなく、およそ人はそういうプロセスを経て決断するもの、ここでの躊躇は予想通り、とゆったりと構えて下さい。

次に、相手の不安を軽減するためのあれこれですが、皆さんならどんなことをしてみますか?

今ですと、女性の不安として多くきかれるのが、自分のキャリアと子育てのバランスです。自分自身の人生を考えれば、育児中はスローダウンするにしても、何らかの形でキャリアを継続していきたい、けれども近くに子供を見てくれる親がいるわけでもなく、子供ができたら実際のところどうなってしまうのだろう、という不安です。子供を授かり育てるというのは代替できない貴重な経験で大きな喜びであるはずですが、今の家族制度の中では、ある種大変リスキーなこととも言えます。そのような不安に対して、たとえば、男性の側がその不安に共感し、女性に全責任を負わせるのではなく、自分のこととしてとらえてサポートしていくつもりだ、という趣旨のことをおっしゃることなどは、多くの女性の心に響くようですね。これはリスクを一緒に分担する、ということです。

また、こんな方もいらっしゃいました。彼は、まだ学生だった奥さまにプロポーズした時、躊躇するようすを見て、こうおっしゃったそうです。“今、僕と結婚して得られるものと失うもののどちらが大きいか、考えてみよう。”そして、僕と結婚する方がずっといいということを立証(?)し、めでたくご結婚なさったそうです。これは、決断した場合のメリットとデメリットを比較検討したわけです。さらに、ある友人は、職を転々としていつも綱渡りの人生を送っている彼女に、こう言ってプロポーズに成功したそうです。“僕と結婚すれば、最低でも今以上には食べることに困らせないよ。約束する。”これは、決断して起こるかもしれない最悪の事態を想定し、それでもそうたいしたことにはならない、と言ったわけです。もちろん、それに加えて、結婚した場合に起こるかもしれない素敵なことについて、言葉を並べたには違いないのですが。

今は結婚の例でお話ししましたが、これらは人の心理として普遍的なものなので、もちろんビジネス上でも非常に有効です。むしろ、ビジネスで、是非活用していただきたいものです。

さて、このプロセスで、もう一つ、老婆心ながら付け加えておきたいことがあります。結婚を迫られ(あるいは、ビジネス上の大きな契約の締結でも同じです)、ためらいモードに入っている時、人は、あらぬことを口にすることが、往々にしてあります。たとえば、“あなたのお仕事って、転勤が多いじゃないの。” あなたは驚きます。“えっ!?そのことならもうかなり以前に、十分話し合って、二人の間では問題でなくなっていたはずなのに。なんだよ、今さら。どうなってんだ?”という具合に。こういう時の真実は、別のところにあることが、実は多いのです。本当の彼女の心配は、"この人、先週も合コンしてた、って聞いちゃった。この先が思いやられるわ。でも、そんなこと、口にしてどうなるものでもないし。あ〜ぁ"ということかもしれないのです。

こんな時は、“転勤の話は、もう納得済みだろ?”などと説得にかかっても何の意味もありませんね。変だな、と思ったら、本当のところ何が心配なのか、落ち着いてゆっくりと聴きだす必要があります。これはビジネスでもよく生じることなので、十分注意して気をつけて下さい。
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