あなたの人生を輝かせるコミュニケーションの力
話を聴くということ

4.質問のスキル (2/10) 

事実と意見

ある医療機器メーカーの、使い捨てコンタクト・レンズを扱う部署の方々にセミナーを行っていた時のことです。お客さまからのクレームにどう対応したらいいだろうか、ということをディスカッションしていました。

使い捨てコンタクト・レンズに関するクレームで一番多いのは、どういうものだと思いますか?使い捨てレンズは、それぞれの用法に従い、毎日あるいは一週間毎に、新しいレンズに交換するものです。ところが、想像に難くはないのですが、その用法を守らず、取り替える時がきても、そのまま眼の中に入れて使いつづけてしまう方がいらっしゃるようです。それでなんともない場合もありますが、ときに痛みを伴う炎症を起こしてしまい、慌てて電話をかけてくるそうです。困ったものです。

そのクレームの次に多いのが、一つのパッケージに本来1枚のレンズが入っているものなのですが、2枚入っていた、というクレームだときいて、不思議に思いました。私だったら、そんな時は、“なんと今日はラッキーないい日!”と上機嫌になるに違いありません。それがなぜクレームになるのだろう、と内心訝しがりながら、そんな時どう対応しているのかきいてみました。すると、よくあるケースなのでマニュアルに記載があり、即時にこちらのコストで新しいレンズを送付することになっている、そしてその旨を電話で伝えるということでした。手元にはレンズが2枚、さらにもう1枚いただけるとはなんといい対応、と思う私の予見可能な範囲を越えて、それでもご納得いただけないことが電話の声を通してわかる場合が、かなりあるというのです。

“こんなとき、どうしたらいいですか?”と質問されて、はたと困った私は、“わからない時はきくのが一番、そのご本人に、どうしてほしいのかきいてごらんなさい”と言ってその日は終わりました。

数週間後、彼女達からこんな報告を受けました。半数くらいの方は、新しい商品をすぐに送ってもらうことで満足だとおっしゃいましたが、残りの方は、このようなことが起ったその原因を調べて報告してほしい、とおっしゃったそうです。

それは、コンタクト・レンズというのは、眼の中に入れて使うもので、安全性が大変に気にかかるところ、このような不良品があるということは、製造過程や品質管理がどのようになっているのか、使い続けて大丈夫だろうか、ということが一番心配だ、それに対して何らかの説明がほしい、ということなのだそうです。

そこで、このケースでは少なくとも2種類の対応が必要だということ、そしてその2種類のご意見はどうもソーシャル・スタイルと関係していること、そうであれば電話での第一声第二声でスタイルを見極め、より満足度の高い対応をしていくことが可能なこと、などが明らかになりました。マニュアルが改善されたのは、言うまでもありません。

ずいぶんと長いストーリーにお付き合いさせてしまったのは、ここで皆さんに是非、覚えておいてほしいことがあるのです。

このケースでは、“一つのパッケージに、本来は1枚のコンタクト・レンズが、2枚入っていた”という事実があります。それに対して、3通りの意見や希望、考え方、感じ方がありました。

 A 「ラッキー!」
 B 「ちゃんとした製品を、コスト負担で直ぐに送ってほしい。」
 C 「品質や安全性に関する説明がほしい。」

つまり、人にとってものごとの意味というのは、事実的側面だけではなく、それに対してどうしたいか、どう考えるか、どう感じるか、という意見や希望、考え、感情という側面まで含まれる、ということなのです。ところが、話をきいている時、一つ事実が出てくると、それに対するその方の希望や考えをきかずに、自分の意見、考えでそれを把握し、理解したつもりになってしまうことはありませんか?

このクレーム対応のマニュアルもまさにそうで、良かれと思って作ったものが、実は、ある方々にとっては、不良品に当たった上に、さらに満足できない電話対応を経験することになってしまっていたのです。

このことを心にとめて生活してみると、ご自身が、いろいろな場面で、いかにものごとの事実的側面だけに重点をおいてきたか、ということに気づかれるかもしれません。パートナーにお子さんに、部下に同僚に、チームのメンバーに、お客さまに、これからはひとこと、“それで、どうしたいの?” “どうお感じなのですか?”と付け加えてみませんか?

ホテルで、輸入車のディーラーで、レストランで、気をつけて観察していると、意見や希望、考え、感情を引き出す上手な質問の仕方を耳にする機会があるでしょう。サービスでは定評のあるある輸入車ディーラーで、サービス・フロントに30年というプロ中のプロの方と、顧客満足について2日間ほどお話ししたことがあります。その方が、お客さまにどう接しているかということで、とても印象的な言葉がありました。「私は、お客さまが話し終わると、まずこうきくことにしています。“それで、どういたしましょう?”」

これが、相手の立場にたって話を聴くことの、一番の基本で、しかも王道ではないかと思うのです。

たとえば、車をぶつけて、板金と塗装をお願いしなければならない時があります。やれやれ、と思いながらディーラーに電話をすると、多くの場合、工場の空き具合を調べて、折り返しお電話を下さいます。かなり待って、やっとかかってきた電話を受けると、“2週間後の月曜日以降でしたら、いつでも大丈夫です。10日ほどのお預かりになります。ご都合はいかがでしょうか?”と言われて、咄嗟に考えるのは、“2週間も、この状態で乗らなければならないの?10日も預けなければならないなんて。それに2週間後はどんな予定だったかしら。ディーラーにもっていかれる日はあるかしら?”などなど、盛りだくさんです。

それから、おもむろに、こちらの希望を話して、もう一度どんな手順で、どんな修理が必要かを確認して、10日もかかる理由をきき、それならば、ということでもう一度、別の工程での修理のスケジュールを確認してもらって、決定する、というような手間をかけることになります。

もし最初に“どういたしましょう?”という一言があったら、どうなっていたでしょう?たとえば、4日後にどうしても車が必要なので、それまでにごく簡単に傷を目立たないようにしてもらい、その間に部品の手配をしてもらって、それが到着した段階で修理を始めれば、預けるのは7日ですむ、というようなことが、一本目の電話できけていたかもしれません。
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